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オスピス・ド・ボーヌ ボーヌ1Cru キュヴェ・クロ・デ・ザヴォー[2004](赤)
オスピス・ド・ボーヌ(パトリアルシュ・ペール・エ・フィス) ボーヌの街の地下に、13世紀から19世紀にかけて掘り継がれた全長5kmもの迷宮が広がる…
このブルゴーニュ最大と称されるこのカーヴを本拠とするのが、1780年創業の名門ネゴシアン 「パトリアルシュ・ペール・エ・フィス」です。 創業者のジャン・バティスト・パトリアルシュ氏は、ボーヌのヴィジタンディーヌ修道院を買い取り、 そのままワイン商の拠点として使い始めました。以来二百四十余年、この建物は今もパトリア ルシュの本社であり続けています。 創業まもない頃からイギリス、オランダ、ベルギーへとワインを送り出していたというのですから、 その視野の広さは当時から並外れたものでした。 1850年には、レオンス・ボケ氏がヨーロッパ各国の宮廷の食卓にブルゴーニュを届け、荒廃してい たクロ・ド・ヴジョの城館を往時の姿へと甦らせる事業にも力を尽くします。 1880年には実業家にして軍人としても名を馳せたピエール=ルイ・ペルドリエ氏が事業に加わり、 商社としての土台を固めました。そして1902年、パトリアルシュ家最後の末裔となるノエミ・ヴェル ノー氏が、「行動の人」として自らの生涯をワインに捧げます。 20世紀に入り、メゾンを飛躍させたのがアンドレ・ボワソー氏。斬新な広告やスポンサーシップを次 々と仕掛けてパリをはじめとする新市場を切り拓き、パトリアルシュをブルゴーニュ屈指の名門へと 押し上げました。1955年にはジョルジュ・クリッテル氏の手により、スパークリングワインのブランド 「クリテール」が誕生。こちらも長きにわたる成功の歴史を刻むことになります。 2011年からはピエール・カステル氏のもと、カーヴへの大規模な投資が続けられています。およそ三 百万本が静かに眠る地の底、その最奥には1900年代のヴィンテージまで横たわっているとのこと。 「オスピス・ド・ボーヌ・ボーヌ・キュヴェ・クロ・デ・ザヴォー」。 「クロ・デ・ザヴォー」という名前は、ブドウ畑が位置する斜面の窪地を意味する「ヴォー(Vaux)」 または「ヴァル(Val)」という地名に由来しています。ブドウ畑は斜面の麓に位置しており、土壌 は粘土質でかなり褐色を帯びており、やや重め。 フランス革命以前は、オスピス・ド・ラ・シャリテ(慈善病院)の所有だったというこれらのブドウ畑。 240年分の時間がそのまま積み上がった蔵から届いた一本です。
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<BR>オスピス・ド・ボーヌ(パトリアルシュ・ペール・エ・フィス)](https://img07.shop-pro.jp/PA01444/334/product/193784677.jpg?cmsp_timestamp=20261002140807)
オスピス・ド・ボーヌ ボーヌ1Cru キュヴェ・クロ・デ・ザヴォー[2004](赤)
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